チャーリーのほほんブログ

ブロガリからお引越し完了!大変でした \(ToT)/

元気です

し…………
しばらく書いておりませんでした <(_ _)>

誠に申し訳・・・・・・・・・・・・・

何度まぁこんな感じでの書き出しを(涙)

とりあえず、

秋が深まってきたこの折

元気です。

っちゅうか

身体がよく動く!!!

去年も
夏場、

動けない状況が続いて

何やら身体の具合がおかしいのかも?!

ちょっとした不安が心によぎったのですが
ちょっと涼しくなってきたと思ったら

身体が動く!!!


そう・・・・・・・・・・・・・・・・・

夏バテ。

2年連続で夏バテだったんですな…

急に身体が調子よくなってきたもんだから
フル回転で今まで見て見ぬふりしてきた家事における
手抜きの場所の手入れに

全力投球~♪

つうか

家事に明け暮れておったのでした(涙)


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書きたい事は
実はテンコ盛りあったというか

どこまで書いていいもんか

このまま書き続けていると

私の中に私だけの秘密ってなくなる?

う~~~む。

残念ながら一人だけで楽しむアレコレの記憶が
心の引き出しには
まだまだいっぱい有りすぎて

でも、
もったいないから書かないってのが多いんですな

でも
その中でひとつ

思い出す度にホッコリするお話があるので

ちょっと書いてみますか。


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


20の頃
夏、

勤めていた結婚式場の写真室助手を辞め

いろいろ、
ありあり

だったもので

友人のみよちゃんと

逃亡・・・・・・・・・
(その辺の事情はまた書く気になれば書きますが
 書かないかな、どうかな)

つうか

諸事情により
北海道へバイトを手にして
飛び立ったのでした


バイトは観光ホテルでのウエイトレスのお仕事。

ホテル近くの寮に住み込み
歩いてホテルに毎朝通う

洞爺湖のほとり

毎日が新鮮

大阪人にとって
北海道人ってとてもおおらか過ぎて

外国の人と過ごしている感覚であった。

一緒に仕事していた若い子たちは
その4月にその仕事に就いたばかり
私より2つ年下

しかし

「仕事上では我々が上だから!!!」

てな事で
「サン」づけして呼びなさいってカワイイ事を指示する

楽しい仲間とお仕事をしておりました。

食事は朝と晩ホテルの社食で出るのですが
お昼は自分持ち……

洞爺湖でも離れた場所にあったそのホテルの寮から
1キロくらい歩いて温泉街へ

行きつけの茶店でホットサンド食べて
そのあとパフェ食べて
給料日後だったら「わかさいも本舗」へ行ってトーストとアイスクリーム頼んで
トーストにアイス乗っけて食べる、
そのあとまたパフェ食べてってね…………
(乳製品がとにかく旨い!
 お菓子屋さんで買う100円のソフトクリームだって旨いんだもん!!!)
夜は2000円もかからない呑み代で焼鳥屋で呑んで
(北海道って「焼鳥」っちゅうても「鶏」か「豚」が選べる!!!
 「それは焼豚では?!」って質問はノンノンなのだ!)
〆にラーメン屋で塩バターコーンラーメン食べて
ラーメン屋のおばちゃんに特大おにぎり作ってもらってそれを頬張りつつ
1キロ先の寮に帰る・・・・・・・・・・・・
(いや・・・・・・・・・・・毎日って訳ではありませんよ!!!
 お昼は…毎日ほぼその通りでしたが!!!
 呑みに出かけたのは週1,2ってトコだったかな?)

そんな生活してたら2ヶ月半で6キロ太ったっけ(笑泣)
(太らない訳ないな~~~)

ええ、そんな生活してたもんだから
一生分のパフェ食べた気がして
それ以来ほとんどパフェを食べたことが無い!!!

北海道で食べたあの旨いパフェに出会えるとは思えないし…
ってのがあるからなのかも。

とにかく

一生分くらい食べ過ぎたので
甘いものはそんなに普段食べません。

そんな生活で
朝の社食ではメイン料理がセルフだった!!!

御飯と味噌汁、漬物や納豆などは用意されているのだが
メインディッシュ?

卵はセルフ

卵かけごはんするもよし
カセットコンロが3つほどあって
フライパンが置いてあり

目玉焼きを作るもよし
卵焼きを作るもよし
オムレツを作るのだってOK

そんな朝食が続く中

たまに真っ赤なウインナーがバットにいっぱい入っている時もあり

自分が食べる数だけ
ウインナーを焼く!

そんな日もありました(笑)

「○○~(私の名字)俺の分も焼いといてくれ」

と私に声をかけたのは
職場の先輩でもあり
アイドル?!でもあったナガイさんという
私より1つ年下の19歳で
女と見ればとりあえず口説く!

如何せん同じ職場にしっかり者の彼女、ムネカタがおり
これがまた!いい子で
いい嫁さんになりそうなホントいい子だったもんで

そのおかげで私は男性という意識もあまりせず
普通に付き合えた同僚であったのでしたが

その日のナガイさんは体調が悪く

ナガイさんが食べるというのでたくさん焼いたウインナーを見て

「こんなに食べられない…」とつぶやかれ

ドッと落ち込んでいた私を見かねて

「じゃあ○○、ジャンケンしよう」

え?

ジャンケンで負けたら一つ食べる

そんな楽しいやり取りで朝ご飯を食べる

やさしい先輩のナガイさんでしたが

女と見ればとにかく口説く

私は1度も口説かれたことが無かったので

(そんな人じゃないんだ、ホントは)

そんな風に思ってた矢先

私にもそんな時間がやってきたのでした。

普段はメインの宴会場レストランでの勤務だったのですが
その日は水上レストランでの仕事
(そのホテルの中に洞爺湖に浮かぶレストランがあったんです)

シフトでナガイさんと一緒だったのですが

普段の宴会場よりも小規模なレストランなので
仕事が暇~~~

野外では夏場、打ち上げ花火が毎日打ち上げられるのが名物だったもんで

お客さんも花火を見上げながらの食事

来ていた子供客がとてもかわいくて
ニコニコして子供をながめていたら

「○○~、そんなに子供が好きか?」

「はい♪」

「そうか~~~、

 じゃあ俺と子供ができるようなこと、しよう」

え?

しばし目が点!

でもそのあと

「ハハハハハハハーッ!(笑)」

大笑いしてしまった!

(コレが例のアレですか!!!)

ナガイさんも笑った。

今思うに
この対応で正解だったと思う

このナガイさん
その場で女性を喜ばせたいってサービス精神もあって
口説いてたところが多かったよう

この話をみよちゃんにすると

その頃みよちゃんはレストランでなく
職場が変わってて温泉のドリンクコーナーでの仕事だったもので

その温泉って仕事してた私たちも入れるところだったから
仕事終わりにナガイさん、毎日ドリンクコーナーに立ち寄って

「△△~(みよちゃんの名字)
 今日何時に終わるんだ?
 じゃあその時間に(従業員出口で)待ってる」

って毎回、言ってたらしい(笑)

「でも待ってた事って1度もないけどな~(笑)」とみよちゃん

たまに真に受ける人もいた様で
その度に彼女のムネカタに怒られてたナガイさんだったが

度々だったのでムネカタに愛想を尽かされたと
風の噂で聞いた時は
私も落ち込んだわ

朝の
毎日の食事の中

ふとナガイさんが言ったこと

今でも覚えている

「俺ホントはパン屋さんになりたいんだ」

「朝早いの大丈夫なの?」

「うん」

そんな短い会話だった
その先は話さなかった


ムネカタと、よりを戻して
今パン屋さんを開いているナガイさんがいるといいな

そんなことを時々空想する

そんな事を空想する人が多い人生なんです。

今はもう逢わないけれど
どうしているんだろう

元気で
しあわせで
いてほしい

そんな人がたくさんいる。

そんな風に思える人がいるって不思議

そんな人に出逢えた事が奇跡

…いい人生だと思う。