チャーリーのほほんブログ

ブロガリからお引越し完了!大変でした \(ToT)/

大阪は変わらない?

ニュースでは信じられないような光景が流れ続けているのだが

大阪は変わらない

そう、阪神大震災の時でもそうであった。

それはいい事なのかどうなのか

阪神大震災の際も思ったことだが
今回もまた感じることである。


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今日は親父の六七日、
兄姉の家族が来るのは夕方4時前
それまでは作業を続けようと
屋上の防水作業に取り組んでいたのだが
正直疲れがピークなのかも。

実際、巨大地震が起きた当日
大阪でもかなり揺れたのだ。

ええ、ワタクシと言えば屋内での家のお片付け中

朝からずっと働きづめで
昼食も取らずの状況での揺れに

(空腹で眩暈がしたのか?!)

そう、最初思い込んでいたのだが
船酔いなのかなってくらいグラグラしているもんで
おかしいなぁと、ふと天井を見ると
蛍光灯の傘が大きく揺れている

(これは自分が眩暈で揺れているのでは無い!
 地面が揺れているのだ!!!)

すぐにテレビをつけ宮城での地震だと判ったが
安藤優子のヘルメット姿が映し出されているのを観て

ただ事ではないと悟ったのだった。

それでもそのまま作業は続けていたのだが

どうなんだ?
もし関西でもこんな状況がもしかしたら来るのかも知れない

そう、目の前の映像内で流されている津波の家々の人々も
こんなことになるとは思わず
せっせと家の修理をしていた人は数限りなく居た筈である。
もし、明日大阪ででもそういう事があるのかもしれない
そんなことがあったとしたら今こうして作業を続けていることが
一瞬でない事になってしまうかも知れないのだ

そうだから、もう止めるのか?

無駄になってしまう事かも知れないのに?

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無駄になってしまう事なのかも知れないけれど
人が何かをしている、その事が
無駄になる事ってホントは無いのだ

それはそれぞれその人の経験となる

無駄だと思う事であっても
その経験はその人間の経験として備蓄され
判断を早める経験となるのだ

明日死んでしまうかも知れない
それは誰にでも起こる事なのだと
多くの人々に考えさせられた
その事が大きな心の備蓄なのである
今の大事さを、命の大事さを、家族の大切さを知る

大事な時間を得たのだと思う

この災害で死んでいい命なんてない
そんな中で失われた命がどれだけ大切なものだったか
その家族でなくたって判る

最終的には何万もの命が失われたという事実が残るのかもしれないが
そのそれぞれに悲しみがあるのだと言う事
ちゃんと心に焼き付けて命を大事に生きなくてはいけない

とはいえ

(あの多くの人々のお葬式はどうするんだろう)

葬式をつい最近済ませたばかりの私の心配はそれが一番であった。

ちゃんと弔ってもらえる人はいいけれど
家族全員亡くなってしまった場合は
誰がその遺体を確認してくれるんだろう
生きて存在していた筈なのに
それが叶わないまま荼毘にふされてしまう
そんな人が多くあってしまうのかもしれない
それが心イタム。


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そう、書いてるうちにもう今日と書いていた昨日が過ぎていた

親父の六七日の昨日
今回の震災の被害の話を兄夫婦としていたのだが
あんな津波が来たらどこに逃げたらいいんだ?と
話していたら

「ここでは水没するからウチのマンションまで逃げてくればいい」

ええ、ウチの家は3階建て
水没するんでしょうね。
兄のマンションは8階建て

「でもお兄ちゃんトコ、オートロックやから急いで行っても
 開けてもらわれへんと助からんで(苦笑)」

ええ、そうなればもうウチの屋上で
大阪とともに沈んでいく運命を選ぶわ(涙)

1999にあったノストラダムスどころの騒ぎではない

目の前でみせられた映像は事実で
それは続く余震の中で明日は我が身なのである。

変わらないようで心の中はかわりつつある。
無駄かも知れないが備えは必要なのだ

ええ、無駄なんてないんだよ
すべては経験になるのだ

まだまだ、生きたい

がんばらないとね。