チャーリーのほほんブログ

ブロガリからお引越し完了!大変でした \(ToT)/

明けまして大変でございました。

明けましたねぇ~~~~~

今年もよろしくお願いいたします。

明けて5日。
大好きな箱根駅伝の話も書き込むこともなく~~~

年末の29日からアップしていなかった・・・・・・・・・・

親しい友人の方なら
何やら怪しいとお気づきかも知れませんね…

ええ。
大変でございました(涙)

箱根駅伝は今年もう山の神、順天堂大学の今井君が走らないから
楽しみが半減!!!

そう思っていたら山の神ではなく山の神童!現る!!!
東洋大学1年生柏原君!

彼は今井君が築き上げてきた区間新記録を
あっさりと抜き去って行った!!!!!

え?!

それも大変だけれど~~~
そうではなくって!

ええ、お家の一大事。

実は年末30日、親父が肺炎で大変でね~~~

救急車で搬送!緊急入院で御座いました(涙)

ま、肺炎っていうのは判断が難しゅうございます。

ええ、お気づきの方は居られるかと思いますが
30日、プチ忘年会っちゅうか
たまさんとちょっと一杯、
近所のや台ずしでPM7時まで!
(ドリンク半額なんなもんで…フフフ)

あの30日は親父、退院初
一人で散髪にお出かけ

市バスで4つ向こうの散髪屋さんまで一人で出かけたのですが
その際、いつもならフリースの上着にコートを着て出かけるのですが
温かかった為、コートを着ずに出かけた…

そいつがちょっと不味かったんですわ

30日は昼から寒くなって
散髪から戻った親父は「ちょっと横になっておくわ」と
出かけたから疲れたのだと思っていたのだけれど
そうではなく冷えていたのね(涙)

しかし暖房も付けることなく寒い部屋で布団に入っていたものの
どうにも暖かくならなかったらしいのだが
この30日、実は兄夫婦がウチに来て
年末恒例の餅つきをしていたのでした

餅つきはいろいろ大変!
(餅つき機で付くだけなんですけど段取りがややこしい)
親父のこともなかなか気づけずに
ひたすら餅を付くことに一所懸命

餅つきが終わり
鏡餅を工場に飾る時点で親父に声をかけ
飾りに行こうと誘うと
「行かれへん」と一言。

まぁ、しゃーないな~~~
と兄と二人で工場の神棚、フイゴの横、機械の上
餅を飾ってさてさて今年の餅つきも終わったと
兄夫婦が帰る際親父に声をかけに行った時
親父の異変に気が付く・・・・・・・・・・・・

「寒い・・・・・・・・」

震えてるわ
息は荒いわ

とにかく、寒さをどうにか解消しなければ!!!

部屋の暖房を付け
湯たんぽを温め足もとに。

兄夫婦を帰したものの
私もたまさんとの待ち合わせがあり
出かけねばなりません
(予定では5~7時だったのですが
 延ばして貰って6時から!!!なので実質1時間も呑めない)
たまさんとの忘年会はキャンセル可能なのかも知れませんが
たまさんとの忘年会は今回どうしてもあって二人で話したかったし
親父にキッカリ7時15分頃には戻ってくるからと宣言し
たまさんと忘年会へ出かけたのでございます。

そうとはいえ
たまさんと一杯飲みながら
「実は親父が出がけにヤバくってなぁ」と話しながら
「寒気がするって言っていたので、もうしばらくすると
 高熱になるかもなぁ…」
自分で言いながら
入院していた折寒気がするとしばらくして高熱になった事を思い出し

「高熱になると家でどうこうしたところでどうにもならないし
 そうなると肺炎なんやろうなぁ~
 救急車呼ばないとどうにもならないだろうな~~~」

そんな事を世間話のように話しつつ
帰って熱が上がっていれば救急車を呼ぶ心づもりで戻ったら
以外にも親父は起きて本を読んでいた!!!

しかし元気になったのかと思い額を触るとアッツアツ!!!

体温計を付けて測る必要もないほどレッドゾーンの熱さです!
救急車を呼ぶ前に兄に電話をし
救急車を呼ぶことにした事を報告
119に電話
10分も経たず救急隊員さんが到着した。

しかし救急隊員さんが到着後すぐ
親父は吐き気からリバース。

こりゃいかんなと病院搬送にあたって
パジャマと下着を用意したのとは別に
吐き気にはまた口を濯がなければならないと
吸いのみ(病気の時に飲み物を飲むジョウロみたいな容器)を持って行く事に。
3人の救急隊員さんに担がれ救急車に乗り込んだのだが
救急車って行き先を取りあえず決めないと発車できないのだ!!!
とにかく親父が先に入院していた病院へ搬送可能か連絡を取ってくれ
その日はまぁ親父が運ばれる前にもう
3人も受け入れる事になっていたので受け入れられないとの事

入院していた頃よりは親父も体力が付いているはずだろうし
近くの病院の方が親父にも私にもいいのかも。

とりあえず一番近い救急病院へ連絡すると受け入れ可能だとの事!

搬送され、病院へついてすぐまた吐いたものの
(吸いのみで口を濯がせようと思い呑ませたら
 ゴックンと飲んでしまった!)
すぐにレントゲンを撮ってもらい肺炎と判断され
すぐさま点滴。
(またもう一度吐いたのだが今度は吸いのみで
 お口クチュクチュ今度こそスッキリしたみたい)
吐き気止めも点滴に入れてもらえたおかげで
その後は吐かずに済んだらしい
(救急で入ってすぐ吐かせたり着替えさせたり
 手早くやっていたのを見て当直の先生が
 「看護師ですか」とマジで聞いてきた!!!
 「違います」親父の病状は把握してるだけとは言えませんな!)

前の入院では吐き気止めもなかなか効かなかったのだが
退院してちょっと体力がついたおかげなんですかねぇ

次の日、31日の昼には食事もOK
前の肺炎の時は1週間絶食だったもんね~(涙)

今日、血液検査ではまだ炎症が残っているとの事
明日はレントゲンと尿検査

なんか~~~
病人を看るののエキスパートになりつつあるわ…。
フフフ…救急車に乗るのは2度目。

一度目は自分がバイク事故で頭を切って血ダラダラで運ばれた病院が
赤井秀和がまだボクサーの頃
最後の試合で倒れ運ばれた病院が全く同じ
同じ日に救急患者として入って以来。

ええ、親父が前回救急車で運ばれた一酸化中毒の際は
警察の実況見分などあり救急車乗らなかったのね~~~

自分が患者として乗せられた際はよくわからなかったもんで
どんな仕事かもよくわからなかったけれど
親父が一酸化炭素中毒で運ばれた際も今回も

病院へ運ぶ前がいろいろ大変なんだと初めて知りました。

命を守ってくださって有難う御座います。